一年間の振り返り〜51回目の誕生日を前に〜
先日50代になったばかりだと思っていたら、いつの間にか今日で50歳の最終日となりましたので、一年間を振り返っておこうと思います。
50歳の1年間は、あっという間に過ぎて、これまでで最も体感時間が短かったと思います。
これは、毎年徐々に短くなっているように感じるので、これからもっと短くなるのだろうと思います。
私たちの脳は、時間を月の満ち欠けや太陽の昇った回数ではなく、おそらく、今まで生きた時間を分母、一日や一年といった単位を分子として、体感するようにできているのではないかと思うのです。
人類が太陰暦や太陽暦を使うようになってまだ5千年から6千年ほどですが、人類の祖先はその百倍、千倍の時間を暦などなしで生きてきたのですから、脳が客観的な暦よりも主観的な体感を優先して知覚するのは、ある意味当然かも知れません。
20代や30代の頃に比べると、40代の頃から、一年を見通した計画や、十年、二十年単位の構想も、立てやすくなった気がします。
40歳の頃には、50歳の自分がどうしているかなんて見えていませんでしたが、50歳になったら、60歳や70歳まで健康だったらどうしているか、そのために今やっておくべきことは何かと、長期的に物事を考えられるようになりました。
この1年間で最も驚いたことは、子どもの成長です。
5歳から6歳になり、体も大きくなった一方、認知能力や思考力が大幅に成長したと感じています。
一年前には、まだ一方通行も多く、発言と同意のみ成り立つことが多かった会話が、きちんと成立するようになりました。
一年前、ひらがなで日記が書けたと喜んでいたのですが、この一年で小学校低学年の漢字まで書けるようになり、漢字検定10級に合格、次は9級に挑戦しようとしています。
ただ聞いているだけだった絵本や物語について、推測をしたり、感想を述べたり、あとで再現して話したりするようになったことも驚きました。
1年前は読めなかった時計もすっかり読めるようになりました。
時計に関しては、ほとんど誰も教えていないのですが、リビングに置いたKUMONの時計が良かったと思っています。
計算も、1桁の足し算から全然出来ていなかったのが、Numberblocksという動画に出会い、繰り上がり計算はもちろん、かけ算までできるようになりました。
ただ、まだ「かけ算」が何なのかを理解してはいないようです。
Numberblocksの歌を聞いて、8 16 24 32 40 48 56 64 72 80と言えるのですが、8×7は、というとすぐに答えられません。
まあ、まだ小学校入学前なので、ここまでできれば十分ですね。
話題を変えて私自身の仕事についてです。
昨年4月に新しい勤務先に異動しました。
高校1年生担任になり、日々忙しくも楽しく働いてきました。
日々の仕事に関しては、50歳になるにあたって自分に課したあるルールというか、ルーティンがあって、それを続けてこられたのですが、12月に1回だけ、そのルールというかルーティンを続けることができなかった時期がありました。
51歳は、これを継続するのも目標です。
50歳になるにあたり、現代史と向き合う、という目標を立てたのですが、向き合うことはできたと思います。
ただ、ようやく向き合い始めたばかりというのが正直なところですね。
歴史教育に携わる者として、私も同時代史を分析・叙述する試みに挑戦したいという、大きすぎる目標を立てました。
普段の歴史総合や世界史探究の授業はもちろん、講習・講演会や世界史研究会、日々の研究活動を通じて、1975年以降の現代史を一つのまとまりとして分析し叙述しようとする試みは、これからも続けていきたいと思います。
健康面です。
若い頃から、割と健康には自信があったのですが、48歳で6月に肺炎、1月に40年ぶりとなる救急車で搬送を経験し、健康に対する意識が変わりました。
何気なく過ごしていたのが、1年間を健康に乗り切れるように日々工夫をしようという考え方に変わりました。
49歳は大きく体調を損なうことなく過ごすことができました。
50歳も、と言いたいところですが、最後の12月に体調を崩し、午後半日と次の一日、仕事をお休みしなければなりませんでした。
51歳は、健康で行きたいです。
そのために、いろいろな対策を立てましたので、ぜひ、健康に留意していきたいですね。
自分の50歳は、まあ、いくつかの失敗もあったと思いますが、及第点をあげられるのではないかと思います。
51歳も、子どもと一緒に成長しながら、歴史と向き合って、前向きに頑張りたいです。