カント『永遠平和のために』から考える人類の未来
51歳になり、老後のことを本気で考えるようになりました。
教員でいられるのも、最大で見積もっても、60歳で退職するとしたらあと9年、65歳で退職するとしたらあと14年です。
その後も健康だったら、年金をもらいながら何をしたいか、と、考える頻度が増えました。
時々、話しているのですが、やってみたいことが2つあります。
一つは、世界史専門の私塾ですね。ぜひ挑戦してみたいです。
もう一つが、SF小説の執筆です(笑)。
なぜSFなのかというと、ずっと歴史の教員という、過去を扱う仕事をしてきたので、未来のことを扱ってみたいのです。
小学生で機動戦士Zガンダムを見て育ち、中高生で銀河英雄伝説を愛読しましたので、未来の歴史というものを、自分も想像してみたいのです。
28世紀、土星圏にまで進出した人類だったが、木星圏や土星圏では、地球統一政府に対する自治独立運動が起こり・・・みたいな。
・・・およそ歴史教員とは思えない内容です(笑)。将来のアマチュアSF小説家として大目に見てください。
先日、世界史研究会で、雑談として、これを話題にしたところ、人類はどこかで主権国家体制を克服して、統一政府を形成できるのか、できるとしたらいつ頃、どのようにして、というような、世界史研究会らしい?(らしくない?)話題になりました。
人類は、28世紀になっても、統一政府など実現できないのではないか、というわけですね。
私は、いつか主権国家体制という現在の国際秩序の枠組みは、遅かれ早かれ変化していくものと考えているのですが、参加者からは、現実的ではないのではないか、統一政府は専制に陥るのではないかとの指摘がありました。
まあ、主権国家体制のもとでも、多くの政府は多かれ少なかれ専制的ですから、そうなる可能性は当然あるでしょうね。
私は、先述のように、10代の頃に機動戦士Zガンダムや銀河英雄伝説を見ているせいか、人類はどこかの段階で、当然統一政府を形成するものだと思い込んでいました。
当然、そこへ向かっていて、今は過渡期だと、考えてきたので、主権国家体制という現在の国際秩序の枠組みが、未来永劫続くという考え方には、どうも馴染めない気もします。
参加者からは、「先生は人類史5000年を教えていて、主権国家体制が成立する以前の長い歴史を知っているから、主権国家体制が一時的なものだと考えるのではないですか、とも指摘されました。
まあ、それもありそうですね。
主権国家体制は、通説では1648年のウェストファリア条約でヨーロッパにおいて成立し、地球全体に広がったのは早く見積もっても19世紀末、本当にそうなったと言えるのは脱植民地化が進んだ20世紀後半のことです。
このように考えると、主権国家体制は人類史の中で比較的新しい概念で、ずっと続くかどうかは未知数です。
この話題から、私はまず、ウォーラーステインの世界システム論を話題にしました。
ウォーラーステインは、『近代世界システム』の冒頭で、およそ、次のようなことを述べています。
この議論は、示唆に富んでいますが、歴史書ですから当然、未来のことを語っていません。「長い16世紀」に成立した現在の「世界経済」は、このまま「世界経済」として存続していくのだというようにも受け取れますし、全ての「世界経済」がそうであったように「長い16世紀」に成立した現在の「世界経済」もいずれ「世界帝国」に移行するのだとも受け取れます。
ウォーラーステインの話は面白いのですが、この記事の本題からそれてしまうので、別の機会に論じることとし、次に進みます。
もう一人、私が挙げたのがカントです。
最近視力が落ちて、新しい本を読むのが億劫になり、新刊はAudibleに頼るようになった。一方、若い頃に読んだ本を読み返すことが増えた、冬休みに何冊か読み返した中で、カントの『永遠平和のために』を読んだことで、世界統一政府の実現について想いを馳せた。
ということを述べていたのです。
そうしたら参加者の大学生から、「カントは世界統一政府に反対の立場ですよね」と指摘されました。
その場に『永遠平和のために』がなかったので、「そうだね」と答えて話題を変えたのですが、家に帰ってから、これは失敗だったな、と思い、『永遠平和のために』を読み返してみました。
カントはEUやUN(United Nations)のような国家の連合を説いた、と多くの概説書に書かれています。しかし、『永遠平和のために』を何度も読んでいる私は、その説明では不十分だと考えているのです。
カントは確かに、国家の連合を説いています。これは、事実です。ただし、そこに「ネガティブ」という形容詞を使っているのです。
そして、その前段階に、「ポジティブ」という形容詞を使って、「諸国家の国家」つまり、世界統一政府について述べています。
「諸国家が一つの国家になるという考えは、確かに法的に最も一貫したものであり、理性の要求する正解である。しかし、それは実現不可能だ。なぜなら、諸国家は主権を手放さないし、巨大な一つの国家になれば、それは魂のない専制(seelenloser Despotismus)に堕してしまうからである。」
カントは、国家間の自然状態を終わらせる論理的帰結として、世界共和国を明確に「rechtlich konsequente」(法的に一貫した)理想として認めています。
しかし、すぐに現実的制約を挙げて退けてしまいます。
カントは、世界共和国を「positive Idee」として積極的に評価しながら、すぐに「unausführbar」(実現不可能)と判断し、「seelenloser Despotismus」(魂のない専制)という強い言葉で危険性を指摘します。
主権を手放さない国家の抵抗と、規模の巨大化による抑圧リスク——これが退ける二大理由です。
続きます。
日本語訳:「だからこそ、一つの世界共和国という積極的な理念(der positiven Idee einer Weltrepublik)に代わり(もしすべてが失われてしまわないためには)、戦争を抑え、持続しながら拡大する連合という消極的な代用物(das negative Surrogat)が生まれるだけだろう。それは、法を恐れる敵対的な性向の嵐を食い止めるためではあるが、しかし絶えざる勃発の危険を伴ったままである。」
ここでカントは、世界共和国を「positive Idee」として最高の位置に置きつつ、現実的に「negative Surrogat」しか残らないと述べています。
これを読むと、カントは世界統一政府に「反対」しているのではなく、「理想としては最高だが、現実では危険すぎるから退ける」という立場であることがわかります。
教科書などに、「カントは世界統一政府を否定し、EUやUNのようなものを構想した」と書いてあるのは、事実なのですが、これは原著を読んでいないと、よくある「一部の切り取り」になってしまうのではないでしょうか。
事実としては、
世界共和国を「positive Idee」として最高の位置に置きつつ、主権を手放さない国家の抵抗と、規模の巨大化による抑圧リスクを理由に、現実的に「negative Surrogat」しか残らないとして、国家の連合体を説いた。
ということになります。
ということは、科学技術や政治制度の設計の高度化などの人類の進歩によって、
(1)主権を手放さない国家の抵抗
(2)規模の巨大化による抑圧リスク
という二大要因を抑制できる可能性が出てくれば、カントの論理では世界統一政府の理想が現実味を帯びるのかもしれません。
カントが『永遠平和のために』を書いたのは18世紀末です。
21世紀現在、多かれ少なかれ、国家の主権は国際機関から制限されたり、多国籍企業によって抑制されたりしています。
前者の例は、例えば保護する責任論や共通通貨などです。
後者の例は、多国籍企業が自国から出て行かないように、税制その他で多国籍企業が望む基準や他国の基準に合わせる必要があることなどです。
これが、22世紀、23世紀と進めば、もっと国家の主権が弱まる可能性もあるのではないでしょうか。
また、規模の巨大化による抑圧リスクは、AIの登場などで、権限の分散や監視が可能になれば、相当程度抑えることができるように思います。
そもそも、現在のアメリカ合衆国や中国、ロシアなどのいわゆるメガステートだって、「規模の巨大化による抑圧リスク」から無縁ではないはずです。
このように考えると、カントが「ポジティブ」と評価した世界統一政府を退けて、「ネガティブ」な代物とした主権国家による連合を現実的な選択肢とした二大要因、
(1)主権を手放さない国家の抵抗
(2)規模の巨大化による抑圧リスク
は、いずれも抑制される可能性があるわけです。
そうすれば、カントは「ネガティブ」な代物とした主権国家による連合を採用せず、「ポジティブ」と評価した世界統一政府を退けないのではないかというのが、私の仮説です。
皆さんは、どう思いますか。
ぜひカントの『永遠平和のために』を読んでみてください。
『純粋理性批判』は難解ですが(面白いですが)、『永遠平和のために』は割と読みやすいと思います。
余談
私が退職後に書くSF小説のタイトルは、「主権国家のエンディングノート」になるかもしれませんね(笑)。
どうやって統一政府ができたのか(できるのか)をSFとして描くわけです。
それでは、実際のSFの名作ではどうなっているでしょうか?
10代の私に多大な影響を与えた「機動戦士Zガンダム」と「銀河英雄伝説」の例を見てみます。
どちらも地球統一政府が出来た未来を描いています。
Zガンダムは、小学校5年生の時に毎週土曜日に放送されていて、リアルタイムで毎週見ていました。序盤の方は、見損なった回もあったので、後から見返すとこうだったのか、という場面も多いのですが、中盤から終盤は毎週見ていたので、今見返すと小学校時代の感動がそのまま蘇ってきます。
「猿芝居」の場面と、衝撃的な結末は、鮮明に覚えています。
シャアのダカール演説や、香港でのフォウのエピソードも大好きです。
最終回は、Wikipediaによると、1986年2月22日なんですね。
ちょうど40年前になるんですね。感慨深いです。
小説も五巻とも持っているのですが、統一政府である地球連邦政府が、どうやってできたのか忘れてしまいました。
新潟の自宅にあるので、次に帰ったら読み返してみようと思います。
設定では、地球連邦政府は、セネガルのダカールに首都機能を置いています。
カントが指摘した心配の通り、専制的というか、宇宙植民地を収奪し、腐敗しているようです。
主人公の側が「反地球連邦組織」のエウーゴで、敵役が腐敗した地球連邦のエリート組織ティターンズという設定でした。
さらに後半、地球からの自治独立(つまり主権国家となること)を目指したジオンの残党ネオ・ジオンが現れるというシビレる設定でした。
主題歌の「Ζ・刻をこえて」「水の星へ愛をこめて」「星空のbelieve」は今でもよく聴くほど大好きです。
多感な時代の私に大きな影響を与えた作品ですね。
一方、銀河英雄伝説では、13日戦争(核戦争)が二大超大国の滅亡を引き起こし、その後90年戦争という戦乱を経て、2129年に地球統一政府を立てた、という設定が描かれています。
2129年というと、意外に早いですね。
こちらは、オーストラリアのブリスベンに首都を置いた設定になっています。
その後は、比較的順調に安定した政治が行われたようですが、人類が宇宙に進出すると、他の恒星系を植民地支配するようになり、反乱を起こされてしまいます。
その後、第4ミレニアムに入ると、銀河帝国という、カントもウォーラーステインもびっくりの、専制国家が出現するという物語でした。
カントが危惧した『魂のない専制』そのままのゴールデンバウム王朝が成立し、初代皇帝ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが徹底した共和主義者の弾圧を行い、専制体制を固めていきます。
これらの例を見ると、世界統一政府というのは、カントの指摘した通り、専制的になったり、腐敗してしまうものなのでしょうか。
他のSF小説をあまり知らないので、機会があったら調べてみたいと思います。
私がSFを書くとしたら、どんな経緯で統一政府ができたことにしようか、腐敗していることにしようか、行き届いた清廉な統治をしていることにしようか、首都機能はどこに置いているか、退職金と年金をもらってから困らないように、今から考えておこうと思います。